2013年1月31日木曜日

名経営者に学ぶ仕事術(9)金川千尋氏(信越化学工業会長)の巻。



 M&A(企業の合併と買収)をうまく活用すれば、新市場開拓や新技術の取得といった事業展開を加速させられる。ただやり方を間違うと、買収した先が離反し、資金を浪費しただけといったことになりかねない。異なる企業同士を融合させ、信頼関係や相乗効果を築くのは一朝一夕にはできないものだ。
 私もかつて子会社の合弁化や株式譲渡を担当したことがある。株式の譲渡先企業のトップの考え方と、子会社の経営方針や風土とを摺り合わせるのに苦労した。ここで対応を誤ると、せっかくの有能な人材が退職したり、優良な取引先を失ったりすると考え、細心の注意を払った。
 塩化ビニール樹脂で世界首位を走る信越化学工業会長の金川千尋は、M&Aを会社の成長にうまく生かした名経営者のひとりだ。塩ビパイプ大手の米ロビンテックと合弁会社の米シンテックをつくり、その後、同社を完全子会社にして塩ビ製造で世界一の企業に育て上げた。シンテックは今も信越化学の大黒柱になっている。
 金川は東京大学を卒業後、極東物産(現三井物産)に入社。その後、信越化学に入り海外事業部で大活躍した。飛躍のきっかけになったのが、シンテックの設立だった。
 金川の側近だった信越化学元常務、金児昭の著書によると、金川はM&Aを行う際に「敵対的M&Aは絶対にやらない」と決めていた。経営不振に陥ったロビンテックの持ち分を買い取る交渉を進めているときにも、シンテックの取引先や従業員との信頼関係を築く努力を怠らなかった。取引先や銀行を訪問し、誠実に話し合い業務の継続を確認。従業員には「解雇は絶対しない」と強調した。
 金川のすごいところは、合弁解消の相手であるロビンテックからも厚い信頼を得ていたことだ。シンテックを完全子会社にしたころ、製品の販売に苦労した。ここで助け舟を出してくれたのが、ロビンテックのナンバー2だったエド・エルジンだった。このときの様子を「私の履歴書」で次のように語っている。
 「資本関係が切れてからもしばらくロビンテックはシンテックの大口顧客だったのである。エルジンさんのオフィスを訪ねて雑談していると、彼は最後に鉛筆をなめなめ、貨車で数十台分の塩化ビニールの大口注文をくれた。エルジンさんとは夫婦ぐるみで長いお付き合いになった」(06年5月22日付日本経済新聞)
 その後、金川はシンテックの社長となり同社の成長を加速させる。金児の著書によると、シンテックは07年12月期の予想段階で、従業員230人ながら230億円の純利益を上げる高収益企業になっていた。従業員のほとんどは工場で働き、営業担当はわずか8人。経理・財務担当者は2人で、金川の秘書を務める米国人女性が代金の回収業務を兼務するなど、徹底した合理化を進めた結果だった。
 企業の本当の強みは財務諸表だけでは見えないもの。事業の将来性、経営者と従業員の質、ブランド、特許、銀行を含む取引先との信用など、企業の経営資源は多岐にわたる。M&Aを手掛ける際には、経営資源のすべてを知り、それを失わないよう周到に手を打つ必要がある。金川がシンテックを順調に伸ばせたのも、同社の経営が安定するように買収前に環境を整えていたためだ。
 せっかくM&Aをしても、買収した企業の資源が減ってしまっては元も子もない。まずは友好的に取り組むことが何より重要だろう。

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