2011年7月1日金曜日

アジアの証券取引所、第一生命経済研究所主任エコノミスト西浜徹氏

「ハブ」争い、再編加速 成長市場、国境越え連携
 成長著しいアジアで証券取引所の再編や提携の動きが相次ぎ表面化している。世界の資金が中国を中心とするアジアに流入する一方、国際的な取引所の再編のうねりが波及し始めた形だ。このところ地盤沈下が指摘される東京証券取引所の対応も注目される。最近のアジア取引所事情を第一生命経済研究所経済調査部の西浜徹・主任エコノミストに聞いた。
 ――欧米で始まった取引所再編の動きがアジアにも飛び火した。
 「昨年秋にシンガポール取引所(SGX)とオーストラリア証券取引所(ASX)が統合で基本合意。結局、豪政府の反発で今春に破談になったものの、競争力の強化のために国境を越えた取引所間の連携を模索する動きは続くだろう。取引所の運営には巨額の投資が欠かせないこともある。アジアの『ハブ取引所』の座を目指した戦いは、まだ始まったばかりだ」
 「例えば、最近は香港取引所にロシア企業の上場が相次いでいる。外国企業の上場誘致に積極的に取り組む成果だ。SGXはアジアの金融センターとしての地位を固めている。東南アジア諸国連合(ASEAN)の各取引所には今後、米国のシステムが一括で導入されると聞いている。2009年から計画が始まっているASEAN証券取引所の設立の動きは着々と進んでおり、今後は域内外で取引所の連携が強まる可能性がある」
 ――アジア新興国に取引所新設の動きもある。
 「今年1月にはラオスでスタートし、夏にはカンボジアでも売買が始まる予定だ。ともに韓国取引所(KRX)が両政府と提携して合弁の証取を設立した。ソウルと同一の売買システムを提供し、運営面も主導する」
 「KRXは上場企業の時価総額では東証や上海証取に大きく水を空けられている。そこで今後の株式市場の整備が見込まれる成長国にいち早く打って出ることを決めた。KRXのネットワークを張り巡らせる独自戦略で生き残ろうとしている」
 ――近年は上海、深〓と中国市場の売買代金が急伸している。
 「上海の株式売買代金は既に東証を抜き、10年には2年連続でアジア首位だった。国内投資の分散先としての色合いが強い深〓でも10年までの5年間で取引高は約23倍に膨らんだ。社会保障制度が不十分なままなら個人資産が株式市場に一段と流入する可能性が高い。逆に整備されても年金基金などが流れ込むのは確実で、向こう数年間、中国の勢いは続くだろう」
 ――翻って、東証の地盤沈下が目立つ。
 「アジアにおける取引所の陣取り合戦で東証が後じんを拝している面は否めない。東証が株式売買システムに自信があるなら、KRXのようにアジアに売り込むことも可能だ。ただ、アジア企業の資金ニーズなどはあるものの、すべてにおいて『日本語』が障壁になっていることは事実だ」
 「東証と大阪証券取引所の経営統合の協議が進んでいるが、まだ着地点は見えていない。取引所の世界的な再編が続く中で国内再編さえまとめられないようだと、日本の証券市場の地盤沈下は一段と深刻化するだろう」
東証は周回遅れ
積極的に施策を
 ニューヨーク証券取引所を運営するNYSEユーロネクストとドイツ取引所の統合など、巨大化にまい進する欧米の取引所は、次の一手として急成長を続けるアジアの証取を取り込もうとする可能性が高まっている。
 一方で、東証1部の年間売買代金はピークだった2007年の約735兆円から、10年は約354兆円と半額以下に激減し、世界での存在感が急速に低下している。「周回遅れ」の現状を打破するには大証との経営統合実現はもちろん、自社開発した株式売買のシステムをアジア各国の証取に売り込むほか、中国などアジア企業に東証上場を積極的に呼び掛けるなど矢継ぎ早に施策を打つことが求められる。
 にしはま・とおる 2001年一橋大経済卒、国際協力銀行入行。アジア地域全般の円借款業務や東欧・アフリカ地域のリスク審査業務に従事。08年第一生命経済研究所入社。現在BRICsなどを中心とする新興国のマクロ経済、政治情勢分析を担当。
【表】アジアの主要証券取引所の取引高            
      2010年   2005年   増減率
(1)上 海      4,486,484   238,521   1781.0%
(2)東 京      3,792,715   4,481,722   ▲15.4%
(3)深 〓      3,563,792   154,252   2210.4%
(4)韓 国      1,604,551   1,210,662   32.5%
(5)香 港      1,496,215   464,273   222.3%
(6)豪 州      1,061,983   672,388   57.9%
(7)台 湾      899,670   585,379   53.7%
(8)インド      798,636   314,689   153.8%
(9)   シンガポール   288,390   116,457   147.6%
(10)   ムンバイ   258,575   158,982   62.6%
(11)タ イ      211,673   95,646   121.3%
(12)大 阪      181,018   216,429   ▲16.4%
(注)単位は100万ドル。出所はWorld  Federation  of  Exchanges            

IDCジャパングループマネージャー宮園隆氏

印刷コスト削減事業拡大 長期契約で顧客囲い込み
 機器メーカーがプリンターや複合機の運用・管理、消耗品供給などを含めて顧客企業の印刷コストを低減する顧客対応ビジネス「MPS(マネージド・プリント・サービス)」が拡大している。IDCジャパン(東京・千代田)は国内MPS市場の2010年から15年までの年平均成長率を8.7%と予測。プリンター関連事業で数少ない成長市場として期待されている。IDCジャパンの宮園隆氏にMPS市場拡大の背景や今後の動向を聞いた。
 ――MPSとはどういった事業を指すのか。
 「プリンターや複合機のメーカーが顧客企業の機器利用状況を分析し、より効率的に機器を利用できるよう設置場所や台数の見直しを提案する。トナーやインクの交換、用紙の補填も請け負い、印刷コストの削減や節電などにつなげてもらう。3割程度の印刷コストを削減できるとみられている」
 「従来の機器販売から印刷枚数当たりの課金形式になり、機器本体はメーカー側が顧客企業に貸し出す形態が一般的だ。顧客企業側は印刷コストだけでなく、初期投資や維持費を軽減できるという利点もある」
 ――現在の市場規模と今後の動向は。
 「2010年の国内市場は09年比21.3%増の256億7500万円。15年には389億3000万円になり、その後も成長が続くと予想している。東日本大震災に伴い、物を所有するのではなく利用という形態が一段と注目を浴びており、MPS市場の拡大を後押しするだろう」
 ――メーカー側に機器販売や消耗品の売り上げが減る懸念はないか。
 「確かに機器本体の売り上げがない分、売り上げは減る。ただ、顧客を囲い込めるという利点がある。プリンターや複合機は印刷速度や仕上がりの色合いなどでは機器性能の大きな違いを出すことが難しくなっている。顧客企業は特定メーカーの製品にこだわらなくなっている。MPSで長期の運用、管理契約を結べば自社製品の継続利用につながり、長期的には売り上げ増に結びつく」
 「インクなど消耗品の販売にも良い影響がある。プリンターは機器本体を安く売って消耗品で稼ぐモデルが長く続いたが、サードパーティー(第三者)の消耗品を活用する企業が4割近くになり、収益確保が難しくなってきている。MPSなら消耗品も純正品を導入してもらえる」
 ――MPS事業の競争激化も予想されるが、顧客獲得の方策は何か。
 「MPSだけでなく、資料管理やパソコンなど他のIT(情報技術)機器も一緒に管理するサービスが差異化の有力な手段となる。パソコンなどIT機器の管理運用も合わせて提供し、顧客との接点を増やしている企業もある。プリンターや複合機のメーカーと、資料管理など周辺業務を手掛ける企業との提携も進む可能性もある」
 
 みやぞの・たかし 大手IT企業でレーザープリンターや複合機のプロダクトマネジャーなどを経験。IDCジャパン入社後はプリンターなどの調査を主に担当している。ハードコピー・ペリフェラル&デジタル・イメージング グループマネージャー。48歳。

トヨタ、単独営業黒字を目指す、小沢副社長に聞く――来期、コスト削減継続で。

 トヨタ自動車が円高下で収益基盤の強化に取り組んでいる。国内生産を維持しながら、どう競争力を高めるのか。固定費削減や原価低減の旗を振る小沢哲副社長・最高財務責任者(CFO)に聞いた。
 ――5~6月の記者会見で、円高に強い懸念を示しました。
 「競争相手のドイツ車がマルク建てだった時代は大きな問題はなかった。対ドルで円高になる時はたいていマルク高だったからだ。現在のユーロはドイツ経済の実力からみて割安だ。韓国も為替市場に直接介入しウォン安になっている」
 「ただ、為替市場に介入してほしいとは思っていない。政府や日銀はデフレ脱却に向けてどこまで真剣に考えているのか。企業は自分で身を守るしかない」
 ――国内生産をどう維持しますか。
 「涙ぐましいまでの原価低減をしている。韓国車や中国車に対抗できるよう3割の部品調達コスト削減に取り組んでいる。13年に発売する新車から、その効果が出る」
 「1台あたりの単価も上げる。一時的な台数減を見込んでも値上げするか、車種全体の平均価格の上昇につながる施策が必要になる。海外移転してしまえば後戻りはできない」
 ――連結営業利益1兆円、営業利益率5%の早期実現を目標に掲げています。
 「1ドル=85円、販売台数は750万台という前提でこの目標を達成するには、単独営業損益をトントンにすればいい。前期は連結が4682億円の営業黒字に対し、単独は4809億円の赤字だった。1兆円弱を子会社で稼いだ計算だ」
 「単独で前期は『カイゼン活動』により2400億円のコスト削減効果があった。今期もその延長線上にあり、来期にはプラスマイナスゼロの構造ができる」
 ――5%の利益率目標は保守的ではありませんか。
 「今の議論は販売が750万台との前提で、それを上回れば当然、(利益も)上に行くだろう。リーマン・ショックを超えるような事態が起きても、赤字にならないようにしたい」
 「将来的には利益の一部を手元資金に回し、現在の約4兆9000億円から、さらに積み増す局面が来るかもしれない」

スターフライヤー・米原社長に聞く、福岡―羽田線きょう就航、年間乗客40万人目標。

 新興航空会社のスターフライヤー(北九州市)が7月1日、福岡―羽田線に参入する。日本航空、全日本空輸の大手2社とスカイマークがしのぎを削る激戦区。1日5往復とライバルに比べて圧倒的に少ない便数でどう挑むのか、米原慎一社長に聞いた。
 ――新規参入の狙いは。
 「ようやく黒字を確保できるようになり、次のステップとして路線拡大による事業規模の拡大を狙っている。福岡県に拠点を置く航空会社として、福岡線に参入するのは当然の選択だ。年間目標は搭乗率70%以上、旅客数40万人だ」
 「北九州線との相乗効果も見込める。例えば、他社の羽田発最終便は午後8時ごろ。当社の深夜発の北九州便であれば、東京で夕食を取ってからでも、福岡へ戻ることができる」
 ――便数が少ないが、他社にどう対抗するのか。
 「スターフライヤーは料金が高いというイメージがあるようだが、大手2社と比べれば明らかに安い。スカイマークと比べれば割高になるが、早朝便での朝食提供や革張りの広い座席など、他社に無いサービスを評価してもらえるはずだ」
 「ただ、ビジネス客中心の北九州との客層の違いは感じている。北九州線は平日の予約が多いが、福岡線は逆に休日の予約が多い。観光などビジネス以外の利用が多いということだ。ネットでのPRなど、こうした客層への訴えを強めていく」
 ――増便の見通しは。
 「2013年に羽田の発着枠拡大が予定されている。新興航空会社が優遇されると聞いているので、ある程度の枠を獲得できるはず。希望としては10枠。すべてを福岡に振り分けるのではなく、北部九州のほかの空港に就航する可能性もある」
 ――株式公開計画の進捗は。
 「2011年度中の早期上場を目指し、証券会社と手続きを進めている。上場には2つの目的がある。まずはベンチャーキャピタルなどの既存株主への還元。もう一つは資金調達だ。今後の路線拡大に向けた機体の購入や、自前の乗員訓練施設建設などコスト削減のための投資に使いたい」
 ――路線拡大についての考えは。
 「北九州を中心とした1千キロ圏程度はすべてターゲットになる。12年夏には韓国・釜山への就航が決まっている。当初は1日2往復だが、需要は増えると見ており、増便も検討したい。ほかにも韓国・仁川や台湾は有望。中国なら北京や上海も候補に挙がるだろう」
激戦区での競争
知名度向上カギ
 2年連続の黒字を確保したスターフライヤーにとって、羽田―福岡線の成否は今後の成長のカギを握る。年間約800万人が利用する福岡線は有望なマーケットである半面、競合他社との激しい競争が見込まれる。
 スターフライヤーは往復5便と便数の上での劣勢は否めない。さらに、北九州便で行っている全日空との共同運航は、羽田線では実施しない。自社の力で座席を埋める必要があるが、地元の北九州に比べて、東京や福岡での知名度は低い。
 サービスや高級感で他社に対抗するにも、まずは搭乗してもらう必要がある。知名度アップに向けた取り組みが求められる。

2011年6月30日木曜日

介護保険外サービスに力、ニチイ学館社長に成長戦略聞く――売上高目標500億円。

斉藤正俊社長
16年3月までに
 高齢者住まい法や介護保険法の改正案が成立するなど介護業界を取り巻く環境が大きく変わりつつある。ニチイ学館は介護事業をけん引役として成長してきたが、制度依存タイプのビジネスのため、収益の安定を見込みづらい面がある。4月に就任した斉藤正俊社長に今後の成長戦略をどう描くかなどについて聞いた。
 ――2012年3月期は4期連続で過去最高の売上高の更新を見込む。
 「介護事業が大きな原動力だ。前期に開いた介護拠点が収益に貢献し始めるほか、今期の開設計画も順調に達成できそうだ。団塊の世代が75歳以上になる2025年までは需要が伸び続ける。今後も介護事業は拡大戦略をとる方針だ」
 「ただ介護はある意味『国策事業』。制度変更や介護報酬の切り下げで業績がぶれやすく、売上高営業利益率は5%が限度。目標に掲げる7%以上の達成には家事代行や障害者福祉など介護保険外サービスの拡大が欠かせない」
 「ヘルスケア事業に占める介護保険外サービスの売上高は6・8%だったが、16年3月期までに20~25%にし、保険外サービスの売上高を500億円程度まで引き上げたい」
 ――教育事業は減収減益だが、テコ入れ策は。
 「主力の医療事務・介護関連の資格講座は景気が回復すると受講生が減る傾向にある。教育事業は医療事務・介護の人材供給の側面が強かったが、単独で収益を上げられるようにする。eラーニング講座の強化もその一環だ。11年4~9月期決算の発表時には新たな施策を公表できるよう準備を進めている」
 ――今年、本格参入した訪問看護サービスの今後の事業戦略は。
 「訪問ヘルパーは浣腸(かんちょう)など医療行為ができず、利用者のニーズを満たせない場面もある。訪問介護やデイサービスなどに訪問看護も加えることでトータルサービスの『ニチイブランド』を築く」
 ――看護師の確保が難しいのでは。
 「デイサービス、訪問入浴、有料老人ホームなどで合わせて約2000人の看護師が働いている。看護師にとって多様な職場を選べる当社は魅力に映るはずだ」
 ――今回の介護保険法改正で24時間対応の訪問サービスが創設される。
 「詳細が不明なこともあり、始めるかどうかは検討段階。早朝夜間の訪問介護は実施しており、対応できる体制は整えている」
 ――サービス付高齢者住宅も創設された。
 「しっかりと介護できるのは介護付有料老人ホームだ。今期は申し込める案件はすべて手を挙げる。毎年、何万人もの働き盛りの40代が親の介護を理由に仕事を辞めざるを得ないのは経済的にも大きな損失ではないか。老人ホームは在宅介護で悩む家族にとってよりどころになる」
 「今後、最も必要になるのは認知症高齢者が住むグループホームだろう。介護のなかで最も大変なのは認知症高齢者の介護だからだ。今期は地方の中核都市を中心に、23カ所の開設を計画している」
記者の目
他社との差異化 教育事業に必要
 ニチイ学館の2011年3月期決算で、3つの事業のうち、唯一減収減益となったのが教育事業だった。主力のホームヘルパー講座と医療事務講座の受講生が2割減ったのが要因だ。eラーニングは医療・介護以外の講座を増やし、法人利用の獲得を目指すが、競争は激しく、他社と差異化できる講座を打ち出す必要がある。
 医療関連とヘルスケアの両事業は好調だが、斉藤正俊社長自ら指摘するように、営業利益率7%以上の達成には介護保険外サービスの拡充が欠かせない。ただこの分野も各社が力を入れてくるなかで魅力あるサービスを提供できるかどうかが問われる。

2011年6月29日水曜日

荏原・矢後夏之助社長に聞く、「域産域消」で海外開拓、LNG関連追い風。

3年後生産性2倍目指す
 荏原は2013年度の売上高を10年度比24%増の4970億円にまで引き上げる中期経営計画を打ち出した。ポンプ、コンプレッサー・タービン、精密・電子の3事業を成長事業として経営資源を集中し、15年度には売り上げ規模を1・5倍にまで増やすという。円高など経営環境が厳しくなる中で成長戦略をどう具体的に成功させるのか。同社の矢後夏之助社長に聞いた。
 ――10年度の営業利益は目標が未達だった。
 「利益の3分の2は(産業用ポンプを中心とする)風水力事業が稼ぎ出している。ポンプはリーマン・ショック後の円高で欧州メーカーとの競合関係も厳しくなり、受注時の採算性が悪化した。原油・ガス関連のプラントで、中近東の大型案件が軒並み中断・延期になったのも響いた」
 「だがここにきて、延期された案件が動き始めている。特に液化天然ガス(LNG)関係のプロジェクトは追い風だ。東日本大震災とも多少連動していると思うが、全体のLNGの需要は伸びるはず」
 ――荏原のLNG向けポンプの強みは。
 「LNG向けポンプは極低温の状態で使う必要がある。この技術を持つ企業は少なく、世界シェアで6~7割を荏原が握る。中近東だけでなくオーストラリアやブラジルなどLNGプラントが分散し、投資も活発になりそうだ」
 ――利益率を上げるには、コスト削減などの努力も必要になる。
 「ジャストインタイムなどの取り組みが遅れていた部分はある。ただ、(半導体工場で空気の排気などで使われる)ドライ真空ポンプなどは生産性の改善が進んでいる。これら取り組みを他の生産拠点でも広げていく。日本で確立できたら中国やインド、ブラジルの工場にも展開していきたい。日本は今年度中に、海外まで含めても3年後には生産性2倍の体制が整う」
 「生産設備への投資はほぼ終了した。多少のボトルネックを解消するくらいで、大きな工場をつくる必要はない。中国の生産拠点でも生産性を2倍にできれば、東南アジアなど中国市場以外にも(輸出で)カバーできるようになる」
 ――海外展開にも力を入れるようだ。
 「荏原では『域産域消』という考え方だ。地域ごとに必要とされる製品が違うため、地域に根ざす。例えばブラジルで製造しているのは農業用の深井戸ポンプ。だが成長しているブラジルではビルなどで使うポンプも需要は増えるし、南米への輸出拠点としても活用したい。こうした戦略によって、海外売上高は全体の4割程度だが、中計の最終年度には6割程度に持っていきたい」
記者の目
真の国際化へ人材育成急務
 荏原の中期経営計画では戦略的重点地域として、中国、東南アジア、中東、インド、ブラジル、米国と幅広い地域を想定。主力製品のポンプだけをみても用途は幅広く、地域によって求められる製品の種類が異なるからだが、そのような総花的なグローバル戦略を成功させるのは至難の業かもしれない。
 製品はなるべく地域ごとに、そのニーズに対応して生産、販売していく「域産域消」が矢後社長が今後の成長のために掲げたキーワード。それを実現するには各地域のニーズを知り抜く人材を育てていくしかない。売上高ベースで目標値を大きく下回った前回の中期計画の結果を繰り返さないために、国内依存体質から脱却、経営における「真の国際化」を急ぐ必要がある。

2011年6月28日火曜日

住宅用断熱材――マグ・イゾベール社長リエナール氏

マグ・イゾベール社長 フランソワ・ザビエ・リエナール氏
省エネ需要、拡大期待
ここがポイント
(1)国内工場の稼働再開で品不足解消
(2)重油など原燃料の高騰分を製品に転嫁
(3)エコポイント終了後は節電志向に期待
 東日本大震災で一時、需給が逼迫した住宅用断熱材。大手メーカーの生産回復で供給体制は回復のメドがついたが、重油や化学素材など原燃料価格の高騰を受け値上げの動きが始まった。主要品種であるグラスウールの最大手、マグ・イゾベール(東京・千代田)のフランソワ・ザビエ・リエナール社長に需給の状況と価格戦略を聞いた。
 ――震災を受けて断熱材は品不足に陥ったが、供給は回復したのか。
 「当社は茨城県の2つの工場が被災した。土浦工場(かすみがうら市)は約1週間で操業を再開したが、被害が大きかった明野工場(筑西市)はほぼ2カ月生産が止まった。品不足が深刻になり、(親会社の仏ガラス大手)サンゴバングループの米韓の工場から3、4月に緊急輸入した。現在は全工場がフル生産しており、品不足は解消された。仮設住宅向けも含めて製品の供給力は十分にある」
 ――震災前に月間7000トンだった生産能力を増強しているが。
 「需要の拡大を見込んで設備増強を進める。今春に続いて8月のお盆期間にも増強工事を実施し、生産能力を10%拡大する」
 ――高機能商品の増加などにより4月の平均販売価格は前年同月比10%高い。そんな中で8月出荷分からグラスウールを値上げするが、その理由は何か。
 「これまで燃料費の上昇が著しく、製造段階のほか梱包や輸送の費用も増えた。これを転嫁するために10%の値上げはやむを得ない。ただ、断熱効果の高い次世代省エネ基準に対応した商品は販売促進のために値上げ率を6%にとどめる」
 ――2010年のグラスウールの国内市場規模(出荷金額)は579億5500万円と前年比20・9%も伸びた。住宅版エコポイント制度が追い風となったが、同制度は7月で申し込みが終了する。
 「この制度は次世代基準に適合した断熱材を普及させるのに役立った。ただ、新築住宅での普及率はまだ4~5割だ。欧州のように日本も断熱施工の義務化が必要だ」
 「もし今回の制度終了後に建設業者が(断熱性の低い)従来基準に仕様を戻したら残念だ。日本は原発問題でエネルギー不足に直面しており、省エネに貢献する製品に注目して欲しい」
 ――省エネ型の断熱材はコスト面で競争力があるのか。
 「次世代基準の断熱材は、従来製品に比べ電力など家庭内のエネルギー消費量を3分の1削減できる。冷房用の電力消費は約15%節約できる。標準的な一戸建て住宅に導入した場合の価格は20万円台で、従来基準の商品と比べ住宅建築費の総額は5%高くなる程度だ。長期的な節電効果に注目が集まり市場が拡大すると期待している」

 1988年(昭63年)パリ高等商業大学(ESCP)卒。96年仏サンゴバングループ入社。アジア・パシフィック地域代表部最高財務責任者などを経て08年から現職。45歳。

2011年6月27日月曜日

ビール復興の夏トップに聞く(下)サッポロビール社長寺坂史明氏。

ビール系は定番に注力 ノンアルコールで首位狙う
 ――東日本大震災で仙台工場(宮城県名取市)と千葉工場(千葉県船橋市)が一時操業休止になった。
 「両工場は当社の主力工場で、事業への影響は大きかった。だが、千葉工場に続き、仙台工場も5月からビールの仕込みを再開しており、供給体制は元に戻っている」
 ――足元の販売状況はどうか。
 「家庭で飲む傾向が強まっている消費者をとらえ、『黒ラベル』の缶が好調で1~5月の累計で販売量が前年を上回った。コンビニエンスストアやスーパーでの存在感も高まっている。昨年は6月に売り出した夏季限定商品の『アイスラガー』は今年は震災の影響で7月発売になるが、期待している」
 ――年初に年間のビール系飲料の販売を約2%増と予想していたが、実際の動向は。
 「7月までの天候や需要を見極めないと判断できない。ただ、3、4月に供給が十分できなかった影響を年間で取り戻すのは容易でない。少なくとも年間で前年並みの販売を狙っていきたい」
 ――現在の重点商品は。
 「『プレミアムアルコールフリー』だ。震災5日後の3月16日発売で広告や販促ができずに困ったが、その後、品質が評価されて販売が好調だ。年内の販売目標を当初の2倍に上方修正した。『飲みながら刺し身を食べられるノンアルコールビールを』と、開発担当者に指示した通りの商品になった。麦芽やホップのしっかりした味が特徴だ」
 「ノンアルコールビールはもっと市場が広がる可能性があり、改めて販促策を練り直す。『この市場でチャンピオンを目指そうよ』と社内で言っている」
 「ただ、『プレミアムアルコールフリー』のように新しい土俵で戦える商品は別として、ビール系飲料では原則、新商品はつくらなくていいと言っている。当社は『黒ラベル』や『エビス』、『麦とホップ』という定番に集中して、鍛え直す。期間限定の新商品で将来のニーズを探る試みを続けることは大切だ」
 ――業界では販売に占める第三のビールの構成比が高まっている。
 「冷静にみないといけないところだ。ビールや発泡酒から第三のビールに需要がシフトしているといっても、一方では新ジャンルから、ワインとか焼酎、(チューハイなど)缶の低アルコール飲料に需要が流れていっている。『家飲み』で飲まれる酒類は多様に分化しており、当社も洋酒などを含めて備えたい」
 ――サッポロホールディングスと経営統合したポッカとの共同商品開発は。
 「ぜひやりたい。清涼飲料でユニークな商品をつくっているポッカ社と一緒になることで、当社の酒類の開発の自由度も高まる。ビール市場が厳しいなか、ハイブリッドな感覚で、異質の知恵を合わせながら、新しいものを生み出す姿勢が大切だ」